原左都子エッセイ集

時事等の社会問題等を取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

「先に産みやがって! 姉の私がどれだけ辛いか分かるか!!!」

4456hs
 冒頭表題の言葉は 私が38歳時に我が一人娘を高齢出産した直後 自宅に戻った時に、米国から姉がかけて来た電話にて発せられた姉の暴言だ。

 この電話の直後に、私は米国の姉に「絶縁宣言」をしただろうか??


 私の初産は、壮絶だった。
 何分38歳との高齢初産だったのだが。

 出産予定日よりも2週間程早い時期に私は自宅にて一人でいた時に産気づいた。  運悪く、その日は「勤労感謝の日」の祝日だった。
 急いで担当の産婦人科医師に電話を入れたところ。
 最初は、「本日は祝日なので診察はしていません。 おそらくまだ生まれないと思うから、しばらく自宅にて待機して下さい。 私の予想では出産は明日になると思います。」

 その指示に従って、自宅で過ごしていたのだが…
 体調が悪くなるばかりで、これ、一人でここにいて大丈夫だろうか?? と大いに不安になりつつも、私自身が医学関係者である事もあり、自身の考えでとにかく我慢して過ごしていた。
 午後4時頃、私は自宅で「破水」した。
 それを主治医に電話で伝えたところ、「急いで病院まで来なさい!」
 そうこうして私が病院に到着して、医師が診断してすぐに救急車が呼ばれた。
 それに乗り込んだ時には、私は既に身動きできない程に身体が硬直して震えていたのだが。

 病院に運び込まれた時点で、私は既に産気づいていきみはじめていた。
 それを現場の看護師氏に大声で叱られた。「いきむな!! 帝王切開手術ですぐに出すから、いきむな! 我慢せよ!!」
 要するに、いきんで産んだら 我が娘は必ずや「死産」になったとのことだろう…
 そうこうしてその夜20時08分に我が娘は、何とか息絶え絶えに我がお腹から引っ張り出されて、この世に生まれ出た…

 そんな我が娘の出産直後期の育児は、壮絶とも言えるほどに大変だった。


 出産して1か月ほど経過した頃だろうか。
 米国の姉から電話があった。 そして電話口で激しい口調で私に曰く。
 「先に産みやがって! 姉の私がどれだけ辛いか分かるか!!」

 こういう姉の悪態には既に慣れていた私だが。 さすがに呆れ果てて「申し訳ないけど現在育児が大変なのよ。電話切るよ。」とだけ言って、電話を切った。
 その後の記憶がないのだが。
 娘が3歳時に 米国の姉に対して私は「絶縁宣言」をして、あちらも受け入れた形となっている。
 一度、郷里の母親を通じて、「いつまでもつまらない意地を張っていないで復縁しよう、と米国の姉が言っている」と伝言があったが。
 私はきっぱりと母親に断った!
 「何が“つまらない意地だよ!! こちらは本気で絶縁宣言しているし、今後一生姉とは付き合いを再開するつもりは一切無いから、そう姉に伝えてくれ!! あんた(母親)もどうしたというのか!! 絶縁とは命がけだ! 勝手な考えで姉妹を復縁させようとのその魂胆、大迷惑だ!やめてくれ!!」

 現在姉とはお互いに70歳前後の年齢故に、その「絶縁宣言」から既に30年近い年月が経過している計算になる。

 幸い、姉本人からは何らの連絡もなくて、実際心よりホッとする日々だ。


 
 本日付けの朝日新聞記事「悩みのるつぼ」の相談は、20代女性による「姉の妊娠で惨めな気持ちに」だった。

 やはり姉妹間では「妊娠」を巡って、心の乱れが発生するものだと実感させられる。
 これ、どうしたのだろうか??
 いやもしも、私の姉が私より先に妊娠出産しようが、そんなことどうでもいいと私は思えたと想像する。

 とにかく米国の姉にさほど と言うよりも、全く関心が無かった私だ。
 (何というのか「人格異常者」というべきか、子どもの頃から姉に対して何らの羨望も無かったどころか、内心 軽蔑していたのが正直なところだった故だ。 そんな姉が米国に渡ってくれた時には、「これで今後付き合いを100%しなくて済む!!」的なラッキー感覚が湧き出たものだった。)


 今回の「悩みのるつぼ」相談者であられる姜尚中氏のご回答のごく一部を紹介しておこう。

 私の考えでは、人が幸せであると感じるのは、どんな他者との比較をも超えて、自分のあり方そのものに満足感を抱く時です。 
 優劣を競う「比較の魂」には幸せが宿ることはないと思います。


 最後に、原左都子の私論だが。

 子どもを産み育てることとは、実に有意義で幸せな生物体の「生業」であると私自身は感じている。
 確かに子供が小さい頃には大変な時期もありました。

 時が過ぎ、成長して立派になった我が子に助けられることも大いにある人生において。 
 「この子を産んでよかった!」と幾度も思える瞬間が一生続くことこそが、自身の最大の幸せであると、今現在は感謝の日々です。