原左都子エッセイ集

時事等の社会問題等を取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

生まれ変わっても私でありたい!

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 (冒頭写真は、2025.05.10付朝日新聞記事より 別刷「be」between 「生まれ変わっても自分になりたい?」より転載したもの。)


 上記新聞記事左下欄に「いまの自分から1つ変えられるなら何を?」との設問があるので、とりあえずこれから答えよう。

 1つとあるが、ここでは2つ選択させてもらおう。
 
 その一つは、「性格」。
 決して私の現在の性格が嫌いなわけではない。
 今の私の性格の良き部分を思いつくままに挙げるなら。「努力家」「革新的」…
 いざとなると意外と思い出さないものだが、とにかく70歳を迎える現在において、我が性格はこれで正解だったからこそ自分なりの成功を導いて来れている、との自負はある。
 これがもし今とは異なる性格も合わせ持っていたなら、どう転んだだろう?? との期待感が湧いて来たりもするが。 例えば「従順」「人にやさしい人格者」、等々…

 後者の「やさしさ」に関しては、これがまるで私に備わっていない訳ではないが、ちょっとやさしさが足りなかったかな?? なんて反省する機会が多々あるかな?  「従順」に関しても、いつもいつも逆らってばかりいる訳でもないが。 自己主張を通す場面が多いことを少し反省したりもする。😖 

 「育った家庭」に関しては、当の昔の我が20代前半期に “郷里を捨て、親を捨てて” 単身上京した身にして、その後は何らの不満も不都合も無い。

 「他人がうらやましいと思うことは?」に関しては。
 「他人が“素晴らしい”!!」と感嘆させて頂く機会は多々あるが、それは「うらやましい」とは異質の感覚であり。
 私の場合はおそらく「自己肯定」が叶っていると判断するため、これも一応無いと言っておこう。


 そして、「生まれ変わっても自分になりたい?」の問いだが。

 これに関しては、ノーコメントとさせていただこう。

 と言うのも、私の場合「生まれ変わりたい」なる願望が一切無い。
 これは「医学」を主たる職業として生きてきている身にしての、素直な感覚かもしれないが。
 生命体の命の尊さを勘案した場合、「生まれ変わる」なる発想がまずは湧かないものだ。 
 とにかく、自身の生命を出来る限り長く続行させたいものであるし。 その生命が続く限り、精一杯生き抜きたいものでもある。


 上記の写真に戻ろう。

 「生まれ変わっても自分になりたい?」の回答として「はい」との答えを一覧すると。
 「良い時代に生まれた」  「これまで健康に過ごせた」  「同じ家族や友人と巡り会いたい」  「地道に努力してきた自分に満足」  「素敵なパートナーを得られた」


 原左都子の感想だが。
 
 何だか、通り一遍でつまらなさを感じてしまう…

 それ以前の問題として既に上に述べているが、私の場合は「生まれ変わりたい」なる願望が一切無い。
 故にその設問自体に誤りがある、との感覚を抱いてしまうとの結論だ。


 とにもかくにも原左都子の場合は。
 この一度の人生を、今後共私なりの目指す方向に向けて精一杯生き抜きたい思いが強靭だ!
 と言ったとて、既に70歳が近づいている年齢だ。 今後何を目指せるのかこそが課題であるが。
 それでも、日々生きていると。
 いろんな情報が入って来るし、まだまだ楽しくなったり嬉しくなれる事象とも巡り会えそうな気もする。

 そんな人生の機微に日々触れつつ、今後も原左都子なりの人生を精一杯歩み続ける予定でいるつもりです!!



  P.S.

 それよりも何よりも。

 医学者としてのプライドがある身にして。

 是が非でも、原左都子は 「長生き」してみせます !!