原左都子エッセイ集

時事等の社会問題等を取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

私め原左都子も、「髪の毛が不自由」な人種です…

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原左都子

2026年3月9日 16:46


 この原左都子の場合、如何なる道程で「髪の毛が不自由」になったのか、に関して冒頭から説明しておこう。

 私は元々医学関係者であることは、バックナンバーにても何度か公開している。
 私が医学業務に従事していたのは、1970年代後半以降からなのだが。


 当時私が携わった医学業務内に、「滅菌状態での作業」があった。
 その「滅菌状態」環境を創り上げる手段として、様々な方策があるのだが。 ちょうど私が医学業務を成していた時代とは今から半世紀前頃のことだ。
 「滅菌」作業に当たり、それを実施する手段として「紫外線」が過去から現在に至るまでよく使用されている。
 今現在に於いてはその「紫外線」の取り扱いに関して、それを決して人体に当たらない、触れないようにする 厳しいまでの方策が講じられているのだが。
 私が医学関係者であった当時は、「滅菌状態での作業」を成す際に、何らの取り扱いに関する注意等の配慮がなされていない時代背景だった。

 職場の係長だった私は、誰よりもその職場で「紫外線」を浴びざるを得ない運命下に置かれていたことであろう…

 時が流れ、私は医学を離れて、別分野の専門分野の仕事に励んだり。
 人より遅ればせながら、高齢出産にて一人娘を産んだりしていた時の事だ。

 産んだ娘が2歳になろうとしている頃、どうも私は頭頂部に突然「できもの」ができていることに気付いた。
 そのできものが頭部てっぺん辺りに出来たため、自身の肉眼では確認不能で、私は合わせ鏡等でそれを確認したところ。
 結構大きめ(当初は直径1cm程だっただろうか?)で硬いできものがあるのに気付いた。 症状としては何ら無いのだが、とにかくそのできものが硬いため、頭頂部がそれのせいで突っ張る感覚はあった。
 ところが、私は高齢出産にて我が子を産んだばかり。
 それがために病院へ行くなどの暇も無い。


 そうこうして娘が2歳になった時に、その頭頂部のできものが直径3㎝程に大きくなっているのを悟り、医学者としても恐怖心を抱いた…

 亭主と相談して、院へ行く決断をして、早速とりあえず近くの皮膚科医院へ診察を受けたところ。
 担当医師がおっしゃるには、「すぐに大学附属病院へ紹介状を書きますので、明日にでも必ず受診してください!」
 その医師先生が書いて下さった「紹介状」をこっそり見たところ、病名欄に「頭部腫瘍」と書かれていた。

 それを見て、医学者の私はすぐに悟った。 これは「癌」だと。

 そして、まもなく大学付属病院へ行ったところ。
 医師先生方の数々の所見の結果、「頭部皮膚癌」との結論が出た。

 直ぐに入院手術と相成り私は3週間の入院を強いられて、その「頭部皮膚癌」の摘出手術を受け、無事に退院して現在に至っている。

 私の場合、自身が医学関係者であるため。
 とにかく冷静な判断の元に行動できたことが効を奏したと思っている。

 あの手術後、30年の年月が流れているが。
 この私はそれがための何らの不自由もなく、普通の生活が叶っている。

 えっ? 頭部手術跡の対応はどうしているか、って??

 手術後40年来、ウィッグに頼っています。
 今時のウィッグって、ホントによく出来ていて。
 とにかく被り易くて、10秒あれば鏡無くして被れます! (いや、確認のため被った後一度は鏡を見ますが、もう手慣れたもので完璧に被れています。)
 十分に我が頭部皮膚癌手術跡のカバーをしてくれていますよ!!


 本日の朝日新聞記事にて、円形脱毛症の方々がウィッグに依存されている記事を見たが。
 「経年劣化を演出するのが難しい…」などとの不満を述べられているが。


 原左都子に言わせてもらうと。
 ウィッグを被った自分自身こそが、本来の自分である!と自信を持てたならば。 
 何も 自身の「経年劣化」など吹っ飛ばして、そのウィッグを被った自身こそが我が身と信じて世を渡ればいいじゃないか! と言いたくもなる!!